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和建築から学ぶ夏着物コーデの設計図

着物と建築の共通点

夏に着物を着ていると、一度は言われませんか。「暑くないの?」と。

正直、暑いです。でも、工夫次第で驚くほど変わるのもまた本当で——そしてその「工夫」は、気合や我慢の話ではありません。風をどこから入れて、どこへ抜くか。日差しをどこで止めるか。汗をどう逃がすか。つまり、設計の話なんです。

ところで、まったく同じ問題に何百年も向き合ってきた分野があります。建築です。家も着物も、やっている仕事は同じ。中にいる人を、外の暑さからどう守るか。家は柱と壁で、着物は布一枚で。スケールが違うだけで、相手は同じ「日本の夏」です。

しかも面白いことに、建築がいま最先端の省エネ技術として使っているものをたどると——簾(すだれ)、打ち水、風の道。私たちが「おばあちゃんの知恵」として棚に上げてきたものばかり。建築は、和の知恵を科学の言葉で拾い直していたんです。だったら着物も、同じ言葉で読み直せるはず。今日はあなたの夏の着物を、「一軒の家」として設計し直してみます。

なお、この設計を体ひとつで実践している人たちの知恵は、前回の記事「猛暑と着物のリアル——カレンダーではなく『体感』で着る人たちの知恵」で紹介しました。本記事はその続編にあたる理論編ですが、ここから読んでも大丈夫です。

簾の正体:日傘は「軒先」だった

現代の省エネ住宅には「パッシブデザイン」という設計思想があります。

エアコンに頼る前に、建物のかたちそのもので涼しさを作る考え方です。

その基本のキが「日射遮蔽(にっしゃしゃへい)」。夏の直射日光を、部屋に入る前に止めることです。

ここで設計士たちが有効な道具として挙げるのが、緻密に計算された庇(ひさし)と——

そう、あの軒先の簾は、最新の省エネ設計の現役選手なのだそうです。

原理はひとつ。「熱は、外で止めるほうが効く」。

室内のカーテンで防ぐより、窓の外で日射を止める方がずっと有利とのこと。

さて、前回mioさんが「鉄則」と言い切っていた道具を覚えていますか。

日傘です。

あれは、あなたという家の「軒先」。肌に日差しが届く前に、外で止める装置です。

教科書的マナーではなく、建築的に正しい設備だったわけです。

出典:パッシブ設計とは?(フィアスホーム)パッシブデザインの日射遮蔽とは?(menteru media)

風の道:身八つ口は「設計された窓」

パッシブデザインのもうひとつの柱が「通風計画」。

風がどちらから吹くかを読み、窓の配置で家の中に「風の道」を作ります。

その先駆けとされるのが、建築家・藤井厚二が1928年に建てた自邸「聴竹居(ちょうちくきょ)」。

南北に風の通り道を確保した、日本初期のパッシブ住宅だそうです。

エアコンのない時代、日本人は「風をどう通すか」を家の設計思想にまで高めていました。

では、着物を見てください。

身八つ口(みやつぐち。脇の開き)、袖口、裾。風の入口と出口が、最初から設計されているのです。

前回、飯綱さんが信号待ちで袖にエアコンの風を送っていたあの行動。

mioさんの「通気を遮断しない」という思想。あれは着物に元々引かれている「風の道」を、正しく使いこなしていた姿でした。

しかも、この風の道には流れの向きまであります。

建築の通風設計では、低い窓から風を入れて高い窓へ抜く「立体通風」が使われるのだそうです。温まった空気は上へ昇るからです。

着物も同じで、裾や袖口から入った空気は、体温で温まりながら上へ移動し、身八つ口や衿元から抜けていきます。

mioさんが扇子で袖口から風を送っていたのは、この流れの「入口」に風を足す行為。衣紋(えもん)を抜いた着方が涼しいのは、「出口」を開ける行為だったのです。

逆に言えば、暑くてたまらない日は、どこかで風の道を塞いでいる可能性があります。窓のない家が暑いのと同じです。

出典:パッシブデザインとは?基礎知識と日射遮蔽設計(LIFULL HOME’S)

打ち水:あなたはもう、体の上でやっている

打ち水は「気分の風物詩」ではありません。

狩野学氏らの研究では、東京23区で一斉に水をまくと正午の気温が最大2〜2.5℃程度下がると予測されているそうです。

仕組みは「気化熱」。

水は蒸発するとき、接している面から熱を奪っていく。

日本気象協会が推進する熱中症予防プロジェクトも、この効果をサーモカメラで観測しています。

前回の知恵に戻りましょう。

mioさんが手首足首に吹きかけていたハッカ油入りの水スプレー。

ハナオムスビさんが汗をこまめに拭いて肌をスッキリさせる習慣。

全部、体の上の打ち水です。

肌の水分が蒸発するとき、あなたの熱を連れて出ていく。

江戸の路地と同じ現象が、袖の中で起きています。

出典:打ち水大作戦とは打ち水効果をサーモカメラで観測!(熱中症ゼロへ・日本気象協会推進)

素材の選択:コンクリートの家に住むか、土の家に住むか

もうひとつ、打ち水の解説に大事なヒントが隠れています。

保水性の高い土や芝生は、コンクリートより涼しいのだそうです。

コンクリートは熱を溜め込み、湿った土は水分の蒸発でたえず熱を逃がすから。

都市が暑いのは、地面がコンクリートで覆われたことが一因とされています。

これ、前回のみつ子さんの話とそっくりじゃないでしょうか。

タオル補正で熱中症になりかけ、麻わたの層に替えたら3年間快適——。

タオルは汗を吸って溜め込む、いわば体に巻いたコンクリート。

一方の麻わたは、吸った汗をすぐ空気中へ放していく、木陰の湿った土のような素材です。

同じ「補正」でも、あなたの体のまわりを都会のアスファルトにするか、木陰の土にするかくらいの違いがあったのです。

出典:打ち水問答(打ち水大作戦)

壁材カタログ:素材ごとの設計メリット・デメリット

家を建てるとき、壁材を選ぶように。あなたの夏の「壁」も、素材ごとに個性があります。

麻(小千谷縮など)——通気と放湿の優等生

得意なこと:繊維の中心が空洞で空気を通しやすく、吸った汗を素早く放す「湿った土」タイプの代表。シボ(生地の凹凸)のあるものは肌との間に空間ができ、張り付きません。自宅で洗えるものが多いのも夏向き

苦手なこと:シワになりやすく、格はあくまで普段着。改まった席の「壁材」には使えません。透けるので下の層(襦袢・ステテコ)とセットで設計する必要があります

正絹の絽・紗——格を保ちながら風を通す「格子窓」

得意なこと:織りの隙間で風を通しつつ、礼を尽くす場に立てる代表的な夏の壁材。見た目の涼感は随一です

苦手なこと:汗が大敵。前編のみつ子さんの黄変の教訓どおり、汗は溜め込むと生地を傷めます。着たら汗抜きのお手入れ前提、つまり「維持費のかかる壁」です。汗をかく日は、下の層で汗を止める設計(麻わたの肌着など)と必ずセットで

綿・綿麻——気軽に洗える普段の壁

得意なこと:肌当たりがやさしく、洗濯機で洗える気軽さ。前編の飯綱さんが選んだのもこの素材でした。綿麻なら麻の通気性も一部取り込めます

苦手なこと:綿100%は吸った汗を放すのがやや遅く、湿気が残りがち。猛暑日の長時間外出には、風の道の活用と日傘の併用で補いましょう

ポリエステル——洗える便利さと、こもる熱

得意なこと:安価で、汗ジミを気にせずジャブジャブ洗える安心感

苦手なこと:湿気を通しにくく、熱がこもりやすい。

前編の飯綱さんの「木綿の長着なのに暑い」の犯人が、中のポリエステル襦袢でした。

使うなら外壁ではなく、風の道を塞がない場所に

少なくとも肌に一番近い層は天然素材にするのが設計の定石です。

大事なのは「どれが一番か」ではありません。

家と同じで、行き先(格)・天気(気温湿度)・維持費(お手入れ)で壁材を使い分けるのが設計です。

そして忘れないでください。どんな壁材を選んでも、窓(風の道)を塞げば家は暑くなります。

まとめ:毎朝、あなたは一軒の家を建てている

整理しましょう。あなたという家の設計図は、こうなっています。

・日傘 : 軒先の簾(日射を外で止める)

・身八つ口 / 袖口 / 裾 : 風の道を作る窓(塞がず、使う)

・補正と襦袢の素材 : 壁の材質(溜めるコンクリートか、放す土か)

・スプレー・汗のケア : 打ち水(気化熱で熱を運び出す)

 

簾も打ち水も風の道も、一度は「古いもの」として棚に上げられ、建築の科学として戻ってきました。

着物も同じです。夏の着物は、我慢比べの衣装ではありません。

先人が設計し、いまも着る人たちが現場で使いこなし、科学が裏付けた技術です。

だから、合言葉をひとつ持って帰ってください。涼しさは我慢ではなく、設計である。

明日の朝、着付けをするあなたは、暑さと戦っているのではありません。自分のための涼しい家を、一軒建てているのです。