なぜ着物は「きちんと」着るものになったのか——正統派の着方、実は”たった65年”の歴史
なぜ着物は「きちんと」着るものになったのか——正統派の着方、実は”たった65年”の歴史
導入
タオルを巻いて体の凹凸を埋め、寸胴のシルエットに整えてから帯を締める。今「正しい着物の着方」とされているこの所作、一体いつから当たり前になったのでしょうか。
「昔の日本人はもっと自由に、体に沿わせて着物を着ていたはずだ」——そう感じたことがある人もいるかもしれません。実はこの直感、学術研究からもかなりの裏付けが取れます。
きっかけは、1959年のある結婚式だった

着物が「格式高く、きちんと着るべきもの」という現在のイメージを決定づけたのは、1959年(昭和34年)の皇室ご成婚——いわゆる「ミッチーブーム」でした。
消費者教育学会誌に掲載された論文「きもの産業における伝統の価値の変遷と組織の関係」は、このブームをきっかけに染呉服ブームが起き、戦前は富裕層しか手にすることのなかった絹の振袖や留袖といったフォーマルな染呉服が、このブームを機に女性一般の必需品として需要を増加させたと指摘しています。
追い風はもう一つありました。1964年の東京オリンピック景気が、この勢いをさらに加速させたのです。その結果、高級呉服の生産量は1971〜72年にピークを迎えます。
同じ論文は、さらに踏み込んだ指摘をしています。このタイミングで、七五三・成人式・結婚式・喪服といった人生の通過儀礼の節目ごとに、儀式的な場面で着物を着る慣習そのものが「社会規範」として制度化されていった、というのです。
つまり「きちんと着る着物」は、大昔から連綿と続く不変のルールではなく、高度経済成長期という特定の時代に、特定のきっかけで作られていった制度だった可能性が高いということです。
論文の結論はさらに鋭いものです。きもの産業は、人に見せるための格式=「衒示的価値」を業界として共有化・制度化していくことで、消費者の意識を無意識のうちに縛るだけでなく、業界の組織自体をも硬直化させてしまった、と分析されています。
この流れは1970年代以降も続きます。別の研究(吉田満梨・立命館大学経営学部准教授による市場分析)によれば、1970年代のオイルショック等をきっかけに、着物産業はさらに中振袖・留袖などフォーマル品への生産集中を強め、着用シーンはハレの場に限定され、価格が上昇し、主要な顧客は富裕層へと限定されていきました。着る機会が減れば、消費者の着付けの知識も自然と失われていきます。「自分では着られない」「どう選べばいいか分からない」という状態が広がるほど、フォーマルな場でさえ着物が避けられるようになる——という悪循環が指摘されています。

現代への接続:「正統派」と「自由派」、どちらも本物
ここで大事なのは、「じゃあ正統派の着方は間違っていた」という話ではない、ということです。
補正でシルエットを整え、格式を大切にする着方には、それ自体の技術と美意識があります。ただし、それが「唯一絶対の正解」として語られるとき、そこには65年前のある結婚式ブームを起点にした、一つの時代の産物という側面があることも、知っておいて損はありません。
一方で今、体型を活かして自由に着崩す着方、洋装や古着をミックスする着方も広がっています。これもまた、着物の歴史の中で新しく生まれつつある、もう一つの本物の着方です。
「正統」と「自由」、どちらが正しいかを競わせる必要はありません。むしろこの記事で見てきたように、「正統派」自体がある時代の中で作られた一つの選択肢だったのだとすれば、今また新しい着方が生まれていくことも、着物の歴史の自然な続きだと言えるのではないでしょうか。

出典
- 「きもの産業における伝統の価値の変遷と組織の関係」消費者教育学会誌 第17巻2号(J-STAGE掲載)
- 吉田満梨「着物関連市場における新たなセグメントとその特性の分析」(京都市産業観光局委託研究、2013年度)









