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「あ、着物っていいかも」のあの瞬間を、業界は拾えているか

浴衣を着た夏のどこかで、ふっと心が動いた瞬間はありませんか。

鏡に映った自分の浴衣姿に、思いがけず見惚れた。すれ違った人の着こなしに、目が吸い寄せられた。「自分で着られた」ことが、なぜか少し誇らしかった。——その小さな高鳴りこそ、あなたが着物の世界に片足を踏み入れた瞬間です。

なのに、その芽は、たいてい摘まれないまま夏とともに終わります。今回はその「心が動いた瞬間」を起点に、私たち着物業界が果たせていない宿題について考えます。

心が動く瞬間は、確かに起きている

まず見てほしいのは、これが机上の空論ではないということです。浴衣から着物へ、実際に心が動いた瞬間が、街のあちこちで起きています。

着物を始めた経緯を綴るシャトレーヌちひろさんのブログに、こんな一節があります。浴衣は自分で着られたので、自分のタイミングで着られるのって、やっぱりいいなと思っていた。だから、どこかでちゃんと着付けを習いたいと思っていた、というのです。

「自分のタイミングで着られるのっていいな」。これこそ、IT業界が血眼で探す「アハ・モーメント(心が動く瞬間)」そのものです。浴衣という体験が、着物への扉を、確かに開いている。

別の例もあります。呉服を扱うきじばとやさんの店主は、福岡・中洲で働く女性たちの夏の着姿に、文字どおり吸い寄せられたと書いています。あまりに素敵な着姿にふらふらと吸い寄せられ、観察してみると「襦袢を着ていないのに夏帯を締めている」といった発見の連続だった。聞いてみれば、決まりごとではなく「暑いから」「仕事に行くから」という自然な理由で着ているだけだった、というのです。

プロですら、こうして心を動かされる。まして初めて着物に触れる人なら、なおさらです。

なぜ、その瞬間は摘まれてしまうのか

問題はここからです。心が動く瞬間は、これだけ起きている。なのに、それが次につながらない。

IT業界の知見が、その理由を照らしてくれます。あるサービス設計の専門家は、サービスに触れた最初の数分で「これは使える」と感じてもらえるかが分かれ目になり、その瞬間を偶然に任せず、提供する側が意図して設計すべきだ、と指摘しています(ipros マーケティングさん)。

ここに、核心があります。アハ・モーメントは「設計するもの」だと、彼らは言う。ところが着物業界は、その瞬間を設計するどころか、拾うことすらできていない。

考えてみてください。浴衣を着た人が「自分で着られた、嬉しい」と感じたまさにその時、業界はどこにいたでしょう。たいていは、どこにもいなかった。せっかく芽生えた「いいな」を受け止める手が、その場になかったのです。

しかも、もっと残酷なことが起きます。心が動いた人がいざ調べ始めると、待っているのは規則の山です。先ほどのきじばとやさんは、夏着物の情報がいかに人を萎えさせるかを、痛烈に綴っています。夏着物風に着るには衿がないとだめ、襦袢を着ないとだめ、と「だめだめづくし」で規制が細かい。これでは大抵の人が脱落してしまうのではないか、というのです。

動いた心が、規則の壁にぶつかって、しぼむ。これが、毎年くり返されている光景です。

拾えていないのは、「気持ち」だ

ここまで来て、はっきりすることがあります。

着物業界に足りないのは、商品でも、情報でも、宣伝でもありません。足りないのは、お客さんの心が動いた、その瞬間の気持ちを拾う手です。

IT業界は、ユーザーが「お、いいな」と感じた瞬間を執拗に観察し、その直後に次の一歩をそっと差し出します。気持ちが熱いうちに、橋を架けるのです。私たちは、それをしてこなかった。「自分で着られた」と頬を緩めたあの人に、「じゃあ次は、こんな一枚はどう?」と声をかける手を、持たなかった。

きじばとやさんが見抜いたように、本物の着こなしは「暑いから」「仕事だから」という、ごく自然な理由で成り立っています。難しい決まりごとの前に、まず「いいな」という気持ちがある。その気持ちこそが出発点なのに、業界はそこを素通りして、いきなり規則を説いてきた。順番が、逆だったのです。

だから、こう問いかけたい

これは「業界はこうしろ」という上からの提言ではありません。浴衣どまりで終わってしまう、あの人の気持ちを代弁する問いかけです。

「自分で着られて嬉しい」と感じた、あの瞬間を、私たちは見ていただろうか。

すれ違った着姿に見惚れた、あのまなざしに、応えられていただろうか。

心が動いた人を、規則で迎えて、しぼませてはいなかっただろうか。

——もし、これらに胸が痛むなら。私たちが次にすべきことは、新しい商品を作ることでも、立派な情報を増やすことでもありません。お客さんの「あ、いいな」を、その場で拾う手を持つこと。たったそれだけのことから、始まるのだと思います。

浴衣の夏に芽生えた、あの小さな高鳴り。それを摘まずに、そっと次へつなぐ。私たちが本当に学ぶべきなのは、売り方ではなく、その気持ちの拾い方なのです。


参照・出典

文責:キモノプラス編集部