「本を読めなくなった人たち」に着物を重ねてみたら、正統派の正体が見えた
「本を読めなくなった人たち」に着物を重ねてみたら、正統派の正体が見えた
3行で言うと
– 出版業界で「本を読めない人」が増えている。理由は怠慢じゃなく構造の問題
– 着物の「着られない・着ない」も、驚くほど同じ構造
– しかも着物の「正統派」側は、実は65年前に作られた制度だった
1. 着物業界、実は「上から目線」だったかも
「若者の着物離れ」。よく聞く言葉です。
でもこの言い方、少し危ないかもしれません。着物が着られない理由は、業界側からもこう言われています。
- 揃える小物が多すぎる(帯揚げ・帯締め・半衿・伊達襟…)
- 名前を聞いても、何に使うか想像もつかない
- 着付け教室に通っても、指導法が古い教室もある
つまり「やる気がない」のではなく、「入口が難しすぎる」。これは着る側の落ち度ではなく、業界が作ってきた構造の問題です。
2. 同じことが、本の世界でも起きている
ライター・稲田豊史さんの新刊『本を読めなくなった人たち』(中公新書ラクレ)が、まさにこの話をしています。前作『映画を早送りで観る人たち』の続編で、テーマは「コスパ・タイパ思考が、読書にどう影響したか」です。
稲田さんの取材が明らかにしたのは、本を読まない人が頭が悪いわけではない、という点でした。「わかりやすい方(動画・要約)」が「手間のかかる方(読書)」に、単純に選ばれやすいだけ。これは知性の問題ではなく、時間の使い方の問題です。
さらに本書は終章で、もう一段深い話をしています。紙の本に集まる人たちを、同質な読書好きの集まりではなく、「読者」と「消費者」という態度の異なる二つの集団として描いているのです。これは書店の姿にも表れます。
- 独立系書店タイプ:店主のこだわりが空間を作る。ただしそのこだわりが、時に「圧」になる
- ブックオフのような場所:誰の趣味も押し付けない、フラットな知のインフラ
ある書店店主のツイートが象徴的でした。本屋が「余裕のある人」だけの場所になったら日本は終わる、という趣旨の投稿に、1.8万件の「いいね」がついたそうです。

3. 着物に置き換えると、驚くほど重なる
まず、シンプルな対応関係から。
- 長文が読めない ⇔ 自分で着られない
- 要約動画で済ませる ⇔ レンタルで済ませる
- 読書は”ながら”できない=コスパが悪い ⇔ 着物は手間・天気・お手入れ=コスパが悪い
- 「読め」という説教が嫌われる ⇔ 「着物警察」が嫌われる
そしてもう一段、書店の二極化と同じ構造が、着物にもあります。
- 独立系書店タイプ:補正・タオルで作る正統派の寸胴シルエット、格式・TPOの精度
- ブックオフタイプ:体型を活かした自由な着崩し、ファッションとしての着物
ここで面白いのが、着物の「正統派」側は、実はそこまで古い伝統ではないという点です。
1959年の皇室ご成婚——いわゆるミッチーブームをきっかけに染呉服ブームが起き、戦前は富裕層しか買えなかった振袖・留袖などフォーマルな着物が、このとき初めて女性一般の必需品として広まりました(出典:きもの産業における伝統の価値の変遷と組織の関係)。1964年の東京オリンピック景気もこれを後押しし、七五三・成人式・結婚式ごとに着物を「きちんと」着る慣習が社会規範として制度化されたのも、このタイミングです(詳しい経緯は、読み解き・産地解説「なぜ着物は「きちんと」着るものになったのか——正統派の着方、実は”たった65年”の歴史」で解説しています)。
つまり「正統派の圧」は、独立系書店の選民性と同じく、ある時代に意図的に作られたものでした。今あなたが感じている気後れは、あなたの未熟さではなく、比較的新しく制度化された基準に、まだ慣れていないだけかもしれません。
4. 提言:入口はブックオフ型、奥は独立系書店型
稲田さんの本は、独立系書店とブックオフ、どちらが正しいかを決めていません。両方あることが健全、というスタンスです。着物業界も同じ発想で設計すべきだと思います。

① 「時短メニュー」を正式な入口にする
15分で結べる帯、小物少なめの現代着付け。これを「手抜き」扱いせず、正式な入口として堂々と用意する。
② 最初の1回を「挫折させない」設計にする
いきなり正統派を教えない。まず「着られた」という成功体験を先に届ける。
③ 奥に「独立系書店型」の扉を残す
正統派の技術・格式・美意識は消さない。ただし「最初に押し付けるもの」ではなく「気に入ったら進める上級者向けの扉」として設計する。
④ 「これが伝統」という思い込みを解いていく
正統派の着方が65年前に作られた制度だと知るだけで、「守るべき絶対ルール」から「選べる選択肢の一つ」に変わる。これはキモノプラスの琴音コラムがすでに実践している「肯定から入る」姿勢とも重なります。
まとめ
「着物を読める人」を増やすより、「読める入口」を増やす。そして、その先にある”正統派”自体が、実は戦後に作られた比較的新しい制度だと知ることが、業界にとっても、着物との距離を感じている読者にとっても、肩の力を抜くきっかけになるはずです。

キモノプラス編集長 久野雄治








